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2008年3月 9日 (日)

パール博士の

日本の国民は非常に豊かな国民性を持っている。物事に対する先見性を持っている。
かつて諸君の指導者はアジアにおける将来起こるべき事に備えて、準備してきたのであるが、
それが西欧の眼から見るとき、将来の侵略のための準備と見られてきた。
国内における電源開発も教育の普及も、近代工業化への努力も、増産と開拓の設計も・・・
じつは西欧の眼からはすべて侵略のための準備と見られてきた。
 アジア民族の独立という聖なる目的でさえも、アジアの貧困と文盲からの開放という聖なるこころざしも
”侵略”の一言で片付けられてしまった。わたし(パール博士)は勿論そう考えない。
またインドをはじめとするアジアの諸民族もそうとばかりは受け取っていはいない。

だが、世界は”侵略”の名の下に、これを裁いた。(東京裁判のこと)
なぜだろうか?日本が強大なる軍事力を戦闘にしてことを為し、
またなさんとしてきたからであった。「悪を制するに悪をもってする」
というのは、ガンジーのもっとも戒めた思想である。
 その志を遂げんがために、いかに困難であろうとも、いかに時間的に
遅々としたものであろうとも、非暴力の真理を把握し、この真理の下に、
日本国民の持つ豊かな国民性、勇敢なる性情、ものごとに対する先見の明を
現出させていただきたい。これは私の諸君に対するお願いである。

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>>21
共に、「パール博士『平和の宣言』」、再軍備、是か非か、より
P127~P128

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